facebook_link
2020年10月
« 9月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  



永井学公式サイト 携帯版

携帯電話からも
見ることができます。
こちらのQRコードから
どうぞ!



横内正明 先生 ご逝去

 

横内正明先生がご逝去されました。78才。まだまだ亡くなるには早い。

私は横内正明先生の秘書を通算4年間勤めました。

 

気持ちの整理がつかないので、横内先生とのことをブログに書き残して

おきたいと思います。

 

初めて事務所の門を叩いたのが、大学2年生の時。

時は自民党が下野をしていた細川内閣の時、

政治が大きく動いていた時期でした。大学生だった私に偉ぶるわけでもなく

気さくに声をかけていただいたことを今でも忘れていません。

伊勢湾台風が来た時に、政治の力で韮崎の町がどんどん復興を遂げた。

その様子を見て建設省に入り、その後衆議院議員になられたとお話ししてもらった

ことがありました。私も少しづつ政治を肌で感じさせていただき、本当に沢山の人を

幸せに出来る仕事なんだと感じました。

 

就職活動の時、そのまま政治の世界に残り秘書として働きたい。といった私に

「学生から政治の世界に直接飛び込むのは良くない。世間を見てきなさい。

それでもまだ君に政治の世界で働きたいという思いがあって、

私がまだ議員でいたのなら、その時は戻って来なさい」とおっしゃられた。

そこから就職活動をし、県内の会社に就職。4年間サラリーマンをした後、

横内正明事務所に戻り、正式に秘書として働き始めました。

その時も退所した時の約束を忘れておらず、二つ返事で事務所に戻してくださいました。

 

秘書として過ごした2年間は本当に様々な勉強をさせていただきました。

国と都道府県の関係、そして市町村との関係。

どうやって国が動き、物事はどうやって決まっていくのか。

アルバイトの時には感じられなかった事ばかりでした。

その後2003年に行われる山梨県知事選挙に出馬されるため事務所は解散。

惜しくも落選されます。2007年の知事選に出馬される前に、参議院の

比例代表にも出馬されます。いわゆる全国区というやつです。

(結果は残念なものになってしまいましたが)

私は幸運なことに、この時全国47都道府県を横内先生と2人で回るという機会を

得ました。行く先々で、その街のこと。街づくりのこと。歴史や風土。

そして、その中で政治に何ができ、何ができてないのか。更に山梨県は他の都道府県と

比べてこんなにも素晴らしいんだ。ということをミッチリ、

マンツーマンで教えられました。

自分も政治の世界で山梨県を元気にしたいと思ったのはこの時からです。

 

その後、2007年の知事選に再チャレンジされ見事当選。

私も横内先生と同じ舞台で山梨県を元気にしたいと思い

県議選に出馬しましたが落選してしまいました。

この出馬の時も「政治には老壮青のバランスが大事だ。年寄りだけでもダメだし、

若い人たちだけでもダメ。山梨県議会にまだ数の少ない青年の部分を代表して

全力で戦いなさい」とおっしゃってくださいました。

 

更に4年が経ち、横内県政2期目の時に私も初当選。ようやく長年の夢が叶い

横内先生と同じ舞台で仕事をすることができました。

私がどんなに無茶を言っても「君ももう政治家なんだ、永井君が思ったように

信念を持ってやりなさい。」と声をかけ、アドバイスはして頂いても

決してこうやれ、こう動け、と言われたことは1度もありませんでした。

 

知事を引退されてからは、会う機会も減り時々お食事をさせて頂いては

色々な報告をさせていただいていました。嬉しそうに私の話を聞いてくださった

時の顔を今でも思い出します。

 

最後にお会いをしたのは今年の2月18日。

昔の事務所の先輩に誘われ横内先生の支援者の方々が集まる会でのこと。

宴席の乾杯の発声を急遽依頼され音頭をとらせていただくと

「話がまた上手くなったね。大したもんだ。」と褒めてくださいました。

「ん!?普段、あまり褒めない先生が今自分を褒めた?」と少し違和感。

その後これからの山梨の話、私の活動に対する総評とアドバイスなど

短い時間でしたが、本当に色々なお話をさせていただくことができました。

「永井君、これからの政治生活、浮き沈みがあるかもしれない。

でも山梨県を元気にする。この県に暮らしている人誰もが

山梨県に住んでよかったと思える県にする。

という信念は曲げずに君らしく真っ直ぐに進みなさい

これが最後にかけて頂いた言葉です。今思うと、仕事をしていて怒られたことも

ありませんでしたが、褒められたこともあまりありませんでした。

普段褒めないのに何故このタイミングで褒めるのかな?と思ったことをよく覚えています。

まさかこれが最後の言葉になるなんて。

横内先生が最後にくれた言葉。大切にしたいと思います。

 

横内先生がいらっしゃらなければ、きっと政治家にはなっていませんでした。

父が亡くなってから、勝手に父親がわりだとも思っていました。

 

悲しんでばかりはいられません。泣いてばかりもいられません。

新型コロナウイルスの関係で、今、山梨が日本が疲弊した状況になっています。

横内先生が大好きだった山梨県を全国、全世界に誇れる素晴らしい県にしていく為、

教えて頂いた全てを使いこのピンチを乗り切りたいと思います。

横内正明先生。長い間本当にありがとうございました。今は安らかに。

 

山梨県議会議員 永井 学

 

Share on Facebook

4 Responses to 横内正明 先生 ご逝去

  • 丹沢栄 says:
    永井県議、『人は、人との出会いが大切』偉大な横内先生と出会い、政治家としての真髄を学ばれ、良かったですね。
    今後も、山梨を思い、日本を思い、政治家としてなすべき事を、全力で取り組まれる事を期待しています。
    横内先生のご冥福を慎んでお祈り申し上げます。
  • 笹田裕 says:
    永井さん、かつて選挙で横内先生のお人柄を知り、素晴らしい方でした。御冥福をお祈りいたします!まだお若いのに残念です!
  • 深澤 由美子 says:
    先生を忍ぶブログ、涙とともに読みました。先生との思い出。慶喜さんとの思い出。いっぱい思い出されます。二人の思いを引き継いで山梨を益々元気にして下さい。
    先生のご逝去で私達の時代は終わったねーと田辺さんと話しています。私達も寂しいですが次世代を託す永井学県議が育っていて良かったと一層思えるように頑張って下さい。応援してまーす。
  • 山内利彦 says:
    横内先生ととても貴重な時間を過ごされたのですね。羨ましい…
    イズムが受け継がれ、ガッツ山梨として具現化されることを期待しております。
    先生、ふるさと山梨を見守りください、横内先生の御冥福を謹んでお祈り申し上げます。

山内利彦 にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">

Get Adobe Flash playerPlugin by wpburn.com wordpress themes